2010年1月31日
病院探しのその後
先日、次の病院が見つかりホットしたのも束の間で、入院は1ヶ月も先になるとのことでした。
それで苦渋の決断とも言うべき、いくつかの選択肢の中から悩んだあげく、紹介元の病院にお願いすることにしました。
私の心は正気言うと迷っていました。家族が認知症になり、癌を患い、介護や看病はどうしたらいいのか?悩みに悩んでいました。在宅で看ることも考えました。でも、義父は83歳で持病(肺気腫、不整脈、腰痛症など)があるし、私達は共働きだし、どちらかが仕事を辞めれば・・・等々と。
昨日今日と義母の見舞いに行ったけど、最近の義母はすこぶる元気!歌も歌う♪し会話も弾む弾む。今までの嫁と姑の確執はとっくの昔に消えました。だから介護が嫌な訳ではないんです。でも・・・やっぱり認知症の介護は大変なんです。今のように寝たきりでも会話が楽しい時は良いけれど、時々暴れることがあるので一度機嫌を損ねると本当に厳しいんです。何度も家族崩壊の危機もあったし、これ以上ストレスがかかるようなことは正直嫌なんです。
だから・・・って病院に入れて平気でいられるほど私達は薄情じゃない!常に自問自答しながらいます。
そんな気持ちを素直に次の病院に伝えると、病院から2月中旬に入院出来ると知らせがありました。それまでは今の病院にいることが出来るようです。
私達は間違っているのでしょうか?他の家族はもっと悩んでいることでしょう。私達以上に苦しんで、誰にも相談出来ず、明日を憂いている方が沢山いるんだろうな〜と思うと、複雑な思いです。
認知症患者は生きていてはいけないのでしょうか?医療や介護の将来が不安です。。。
投稿者 demi : 20:13 | 認知症の記録 | コメント (2) | トラックバック (0)
2010年1月28日
これが現実
先日面談に行って来た病院から電話があり、3月に入院出来ることになりました。正直言って素直には喜べなかった・・・。先方は『褥瘡が治ったら退院ですね』とのこと。認知症もあり、在宅で看ることは正直難しい。腫瘍のことを考えると、医療措置の低い人・・・と言われるのには、なんとも抵抗があります。実際になんであの人はず〜〜〜っと入院出来てきるの?と思うこともあります。介護度5なのに・・・何が違うんだろう?
幸い褥瘡が治ったら、次の行き先を考えなければならない・・・。でも胃瘻や中心静脈栄養だと入所はいやがられるし・・・。今の状況だと病院もそのうち出なければならないので、形見の狭い思いをしながら、遠慮しながらこの先の1ヶ月を過ごすことになるのかしら。
一日一日元気になって行く義母を、素直に喜べない私って鬼嫁!複雑だ〜。
投稿者 demi : 21:26 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年1月21日
次の病院
義母の病気と介護を経験して気が付いた!健康がいかに大切か。。。
一応術後の経過は思っていたより遥かに調子がいいみたいです。
それで、次の病院を探すことになり、先日主治医にお願いしていた紹介状が出来上がったので、今日はそれを持ってある病院に面談と入院申し込みに行ってきました。
狭い地域ですが案外知らない病院もあります。仕事柄いろいろな老人病院で働いてきましたが、ひと昔前と違って随分病院の形態も様変わりした様に思いました。相談員と呼ばれる方といろいろな話をして、気が付くと2時間近く経過していました。その足で義母のいる病院に向かい、病室に入ると昼食が・・・といってもまだまだ卵豆腐みたいなものが一個だけですが、テーブルに置いてありました。能書きを見て思わず吹き出しました!『つるりん』だって(ぷぷぷっ)。
そうこうしていたら看護師さんがやって来て、小さい『つるりん』を食べさせようとしましたが、呼び出されて行ってしまったので、私が変わって食べさせました。義母は1ヶ月近く点滴のみで過ごして来たからか?あまり食べたがらず、結局1口程度で終わってしまいました。しかし、機嫌はすこぶる良いようで、冗談を沢山言って笑っていました。
今まで本当にいろいろありました。
昨年6月頃から出来た褥瘡が治らず、結局8月に入院を考えた時、昔家で働いていた看護師さんを頼りに、ある病院に入院申し込みに行きました。お盆間近だったので、お盆が明けたら連絡をしますと言われ、ショートスティで繋ぎながら首を長くして待っていましたが、一向に連絡が来る気配がありません。約1週間後にこちらから連絡してみると、『急患が入ったのでいつ入院になるかわからない』と言われ絶句。何の為に面談までして、入院の説明も受けて、今か?今か?と待っていたのに・・・むなしさと切なさと情けなさで涙が出てきました。
とにかくこのままではいけない・・・と思い、ケアマネージャーさんに電話をしました。幸い、ケアマネージャーさんが間に入り、別の病院に即入院。あの時は本当に目の前が真っ暗で何をどうしたら良いのか?わからなかったです。
安心したのもつかの間で、その病院で突然の嘔吐。特養を申し込んだ矢先の出来事でした。そして、腫瘍の再発。転院。手術。次の病院探し。。。。神も仏もいないのか・・・とさえ思う毎日で、常に何かに追われているような、眠っても熟睡出来ずうなされて目が覚め、その後は朝までパッチリ目がさえて、もう〜〜〜大変!美容の大敵よ!
世の中は捨てる神あれば拾う神あり!きっとこの後は良いことがある!そう思って明日からまた頑張ろう!と思っています。
明日はルンビニ園に実習に行ってきます。縁のある可愛い子どもを夢見て!エイエイオゥ!
投稿者 demi : 21:13 | 認知症の記録 | コメント (2) | トラックバック (0)
2010年1月19日
最初の一歩
義母は不死鳥の様によみがえりました!
年が明けて慌ただしく毎日が過ぎて行きました。その中で先日8日胃と腸を繋ぐバイパス手術を受けました。散々リスクを挙げられましたが、お義母さんの生命力に懸けました。手術は上手く行きました。手術後面会に行ったときは、まだ麻酔から覚めて間もないのか?うつらうつらしていましたが。翌日には病棟にもどり、『私誰だかわかる?』の問いかけに『○○さん!』とズバリ私の名前を言い当てました!!!一緒にいた旦那は『???』って感じ(ぷぷぷっ)
正直、病院ではいろいろなトラブルがあり、内心穏やかではないんですが、お義母さんが元気にさえなってくれればいいです。
さて、私たち夫婦の話ですが、かねてから暖めていた作戦を開始しました。何か?というと、私達・・・『里親』になろうと思っています。養育里親&養子縁組里親です!結婚してかれこれ13年になりますが、私達にコウノトリは来てくれませんでした。で、昨年の秋頃から密かに暖めてきました。
先日、初めての里親研修会に参加してきました。そのことについてはこれから時々更新して行きますので、ご興味がある方はいろんな意見をお聞かせ下さい。
とりあえず、親になる日を夢見て、義母の回復を待ち、新たな一歩を踏み出して行こうと思っています!!!
投稿者 demi : 21:25 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年12月21日
原因は・・・
腫瘍の再発でした。。。余命3ヶ月ってところでしょうか。。。この後は辛い思いはさせたくないので、できるだけのことはしてあげたいけど、本人が穏やかに過ごせることを考えてあげたいと思います。
ナースセンターの隣のHCUでひとりぼっちで寝ているお母さんが不憫でたまりません。しかたないけど・・・
投稿者 demi : 21:56 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年12月13日
突然の嘔吐
昨日、病院から呼び出しがありました。義母は3階の療養型病棟にいましたが、4階に移ったから話があるとのことでした。
旦那と2人で病院に向かう車の中で『きっとまた悪さしたんだよ〜』と暢気なことを言っていましたが、病棟に着いきベット上の義母を見て出た言葉が、『何なんこれ?』でした。私は仕事でほとんど病院には行くことが出来ないので、旦那が代わりに主夫してくれています。最後に会ったのは3階の療養型に移った時でした。そらから約1ヶ月近くになりますが、すっかり変わり果てた義母の姿に一瞬言葉を失いました。
嘔吐の原因は今はまだわかりませんが、腫瘍の転移がないか?それが気になって仕方がありません。
11月のはじめの頃はすごく調子が良さそうだったし、この分だと入所も大丈夫だよな!と旦那と話をしていた矢先のことで、この後どうなって行くのか・・・想像もつかない。っていうか、嫌な予感がする。。。
とにかく一日でも早く回復することを願っています。
投稿者 demi : 20:58 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年11月11日
特養探し
先日、義母の入院先の病院から医療型療養病棟に移ったとの連絡があり話を聞きに行ってきました。褥瘡の経過は良く、ベットを廻す為に療養病棟も長くいられないとのことでした。介護度の高い方は優先・・・とか、医療を提供する方優先・・・とか並べていましたが、義母の介護度は5!なのに・・・なぜか?違和感のある説明でした。遠回しに『次のことを考えてください』と言っているようでした。これが今の医療と介護の現実なんでしょうか?
うちは共働きだし、お父さんは喘息とCOPD、心不全の身。自宅で介護は無理。結局特別養護老人ホームを探すことにしました。
たまたま介護の仕事をしている知り合いに会うことが出来たので、その人の勤め先の特養の話を聞いてみましたが『80人待ち、とか100人待ちは当たり前よ!悪いことは言わないから、いろんなところに申請しておきな!』とアドバイス。要介護5なら順番も早まるとか。
迷っていても、いずれ病院からは出なければ行けなくなるので、療養を探すことにしました。
投稿者 demi : 21:01 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年8月14日
入院という選択
昨日病院に『面談』に行ってきました。
数週間前から全身の浮腫が徐々に酷くなり、褥瘡もなかなか治らなくなってきていました。褥瘡は6月中頃から仙骨部の発赤からはじまり両下肢の踵部位の水疱で気が付きました。薬を変えながら処置をして来ていましたが、食事も十分な量を食べている訳ではないので、いっこうに治る気配はありませんでした。
腎臓の手術をしてくださった先生に電話をし、『もう在宅は限界でしょう・・・』と言われ、悩んだ末出した答えが『入院』。
幸い実父の縁で近くの病院の総師長さんがすぐに対応してくださり、『面談』となりました。
病院の医師と話してわかったことは、抗ガン剤・認知症・パーキンソン病および症候群それぞれの薬を飲んでいる人はこの地域では入院は厳しい!とのことでした。それを聞いて内心暗くなったのは言うまでもなく、『じゃーどうすればいいんですか?・・・』とはなかなか言い出せず、お互い腹の中の探り合いのような雰囲気が漂う中、病院は受け入れを了承してくださいました。
正直感謝でいっぱいでした。『ここがだめなら・・・他をあたらなければ・・・どうしよう・・・』と不安で心が悲鳴をあげていました。
現実の厳しさを突きつけられ、『入院』ということになったけれど、この先は満足に食事を取らない義母にいくつかの選択を迫られました。『胃瘻』『延命措置』そして『退院』。
私たちの在宅看護はこれでいったん終了ですが、この先にまだまだ介護の問題があることを感じぜずにはいられません。これが今の現実なんですね。
投稿者 demi : 07:02 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年7月3日
珍獣ハンター『アン』!
昨日からヒート中のアンです。オムツ状態でかなり不機嫌です。ジッとしていることが出来ないアンでした。。。最近のアンって・・・眉毛あるんですけど。。。
投稿者 demi : 21:43 | demiの日記 | コメント (2) | トラックバック (0)
2009年7月3日
今週は
毎日がめまぐるしく変化するので、なかなかお母さんのペースに付いて行けず、週明けはバテバテではじまった今週でしたが、夕食は調子よく召し上がっていただいて、私的には満足のいく一週間でした。
退院からかれこれ2ヶ月が経ち、なんとか落ち着いて・・・と行きたいところですが、相変わらずで、ここ数日お父さんと散々やり合っていたようです。それでもなぜか?私には好意的なお母さんでした。。。なぜだろう・・・。
調子がいいのは本当にうれしいのですが、長くは続きません。先日から膀胱炎を起こしているらしく、間なしに『トイレ!』とおっしゃるので、お父さんも旦那もゆっくり座っている時間もなくてイライラ・・・。私は夕飯の支度をしているので、トイレ介助は男衆の仕事!それでも食事介助は私だから、一応は役割分担で愚痴は御法度です。
ただ、最近はお父さんも相当お疲れのようで、先日はとうとう『入所!』という言葉がお父さんの口から出てしまいました。ケアマネには『入所は露とも考えていない!』と断言しておきながら、やっぱりお母さんの介護は83歳の体にはきついようです。
そこで・・・ケアマネさんと相談し、『ショートステイを長くして一日でも長く在宅で過ごしてもらおう!入所の手続きも平行してしましょうね!』ということにしました。
私としては・・・ちょっとずつお母さんとの嫁姑の確執の溝も狭くなり、楽しんで介護が出来るようになったのも事実です。
先週はせっかくトイレ介助に付いたのに、居間までの廊下の途中で『助けて〜〜〜』と言われ、もう〜〜〜たくさん!とブチキレた私です。揺れに揺れながら、迷いに迷いながら『介護とは?』と日々考えつつ、『頑張らない介護』が少しずつわかって来た今日この頃です。
投稿者 demi : 21:34 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)