2010年3月16日
よくがんばった!
週が明けたらPTCD (経皮経肝胆管ドレナージ)の予定でした。今日夕方病院に見舞いに行くと、ちゃんと施行されており、義母さんは疲れからか?少し元気がありませんでした。
でもなんとか無事にドレナージが出来て、これで少しでも黄疸が改善すれば、これからの過ごし方に希望も持てます。
何度も手術を頑張って来たお母さんには、『もう十分頑張ったんだから・・・ゆっくり休んでね!』と言うと、涙を流しながら小さくうなずかれました。なんだか切ないです。でも・・・もう十分です。
投稿者 demi : 21:26 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年3月12日
減黄術とその後
昨日、内科で胃カメラを使った黄疸を減黄する処置を受けました。結果は、腫瘍の成長に伴い十二指腸と胆管の周囲が想像以上に狭くなっているようで、思った以上に困難を極める施行だったようです。
今日はその説明を聞きに、夕方病院に行ってきました。義母さんは相変わらずマッキッキでした。体もかなりしんどいはずなのに、元気よく会話をしてくれたのが不憫でした。
今回の担当医師は前回入院のときの内科の先生と同じなので、とにかく丁寧に説明してくださいました。処置が難航したことも正直に話してくれましたし、義母の体のことを気遣ってくれて、『もうかなり状態は悪いんだけど、黄疸を取ってあげて少しでも体を楽にしてあげましょうね。元気になってアイスクリームとかゼーリーとか少しでも口に出来るといいですね!前回の手術の場所はとても奇麗でしたよ』と。
この言葉に随分気持ちが楽になりました。うれしかった〜
来週はPTCDを行います。上手く行って今より少しでも楽になってもらえれば、うれしいな〜〜〜
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2010年3月10日
転院
昨日、地域の基幹病院に黄疸の検査の為に受診外出ということで行きました。検査はCTの予約がされていたので、その前に採血をして、その日のうちに検査結果と今後のことを話し合うことになっていました。検査当日に結果が出るのは珍しいことで、いつもだったら2週間は待たされます。内心『やればできるじゃん!』と思いながら、介護タクシーの寝台をお願いして、家族搬送しました。
前回もこの病院から今の病院に家族搬送しているので、まあ〜慣れたもので、手配は万全のはずでしたが、行った先の病院では『車いす』と連絡がいっていたらしく、ストレッチャーの用意はされたいませんでした。
外来受付を旦那がしている間、私は点滴棒となり点滴バックを片手に持ち上げ、めちゃくちゃ目立つんですけど・・・と思いましたが、職員の誰一人点滴棒を手配することがなく、『すいません〜〜〜点滴棒貸してくれませんか?』と言っても見て見ぬ振り。ここで正直内心怒ってました^^;
しばらくして、外来の看護師長がやって来て、手際よくストレッチャーを手配してくれましたが、結構時間経ってました。。。
私は何が一番悲しかったかと言うと・・・、どんな人でも平等に扱われるべきだと思うのですが、なんかこの病院の体制に違和感を感じます。知り合いなら気持ちよく対応してもらえる・・・そんな風に聞いたこともあります。職員やその家族ならVIPなんでしょうか?そんなのありなんですかね〜〜〜。
私達は前回の入院の時も散々振り回されました。入院すれば病院の指示に従わなければならないことぐらい、100も承知!でも、認知症だからか?こちらの看護師の一部には目を疑い耳を疑う光景があります。なんなんでしょう?この処遇。。。病院の掲げる患者の権利や、病院の倫理規程は紙の上だけで、全く意味のないものだと・・・今回改めて思いました。
私は仕事の為に早々に切り上げて、後は旦那に任せて帰りましたが、後で聞いた話です。外来から病棟に上がるエレベーターの中で義母は声を出した時の病棟師長の言葉が『何言うとるかわからん#!』と吐き捨てる様に言ったと、旦那から聞かされました。
看護師達の詰め所で、外部のものが全くいないところならまだしも、許せない怒りが込み上げて、再び得体の知れない不信感に襲われました。
こんなことが現実に、そして私達家族が経験しています。
患者が『モンスター』と呼ばれ、非難される今日この頃です。私は看護師も変わらないと思いました。
日々の看護に追われお疲れだと思いますが、プロなら!プロらしく!・・・と同業者の端くれは思いました。情けない・・・本当に情けない・・・。
投稿者 demi : 21:15 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年3月4日
黄疸の検査
義母が今いる病院は、本当に親切です。今までお世話になった病院とは比較にならないです。電話の対応、面会時の職員の対応等々ストレスが全くありません。院長は女性の先生でいわゆる女医さんです。配慮が細やかで親切です。
先日、血液検査の結果が出たので病院で説明を受けてきました。腫瘍が悪さをしている可能性が高いことや、そろそろターミナルと言うこともあり覚悟は出来ているつもりでしたが、少しずつ現実を帯びてくるとさすがに落ち込みます。
看護師さんの話では最近の義母さんは歌を歌う元気もないようです。切ないな・・・。
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2010年2月28日
黄疸
一週間ぶりで義母さんのところに行きました。今の病院は、面会に来たら必ずナースセンターのノートに名前を記入しなければならないので、旦那がナースセンターに先に行くのがいつものパターンです。私は先に母の元へ行き顔を見てびっくり!黄色い!めちゃめちゃ黄色い!オォォォ〜〜〜黄疸だ〜
で、看護師さんに最近の様子を聞いてみると、昨日あたりから黄色く感じていたらしく、『これは黄疸ですよね!』と訪ねると、『今日は日曜日なので明日先生から何らかの連絡があると思います・・・』ということでした。今の病院は親切に対応してくださるのでストレスはありませんが、なんだかいや〜〜〜な予感がします。腫瘍がじわじわと大きくなって来ているような・・・。
転院して少し落ち着いたと思って来ていた矢先です。そろそろ本気でターミナルでしょうか・・・不安です。
投稿者 demi : 22:14 | 認知症の記録 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年2月16日
無事に転院
昨日、義母さんは転院しました。手術が終わり日に日に元気になり、毎日大声で歌を歌ってみんなに迷惑を!?かけて来てましたから、今頃きっと!前の病院はすっかり静かになっていることでしょう・・・。
で、転院先の病院は義母さんの歌声が夜昼かまわず鳴り響いていることと思います^^;
あぁ・・・いつまで置いてもらえるんだろう・・・
とりあえず落ち着きました!
投稿者 demi : 21:30 | 認知症の記録 | コメント (2) | トラックバック (0)
2010年1月31日
病院探しのその後
先日、次の病院が見つかりホットしたのも束の間で、入院は1ヶ月も先になるとのことでした。
それで苦渋の決断とも言うべき、いくつかの選択肢の中から悩んだあげく、紹介元の病院にお願いすることにしました。
私の心は正気言うと迷っていました。家族が認知症になり、癌を患い、介護や看病はどうしたらいいのか?悩みに悩んでいました。在宅で看ることも考えました。でも、義父は83歳で持病(肺気腫、不整脈、腰痛症など)があるし、私達は共働きだし、どちらかが仕事を辞めれば・・・等々と。
昨日今日と義母の見舞いに行ったけど、最近の義母はすこぶる元気!歌も歌う♪し会話も弾む弾む。今までの嫁と姑の確執はとっくの昔に消えました。だから介護が嫌な訳ではないんです。でも・・・やっぱり認知症の介護は大変なんです。今のように寝たきりでも会話が楽しい時は良いけれど、時々暴れることがあるので一度機嫌を損ねると本当に厳しいんです。何度も家族崩壊の危機もあったし、これ以上ストレスがかかるようなことは正直嫌なんです。
だから・・・って病院に入れて平気でいられるほど私達は薄情じゃない!常に自問自答しながらいます。
そんな気持ちを素直に次の病院に伝えると、病院から2月中旬に入院出来ると知らせがありました。それまでは今の病院にいることが出来るようです。
私達は間違っているのでしょうか?他の家族はもっと悩んでいることでしょう。私達以上に苦しんで、誰にも相談出来ず、明日を憂いている方が沢山いるんだろうな〜と思うと、複雑な思いです。
認知症患者は生きていてはいけないのでしょうか?医療や介護の将来が不安です。。。
投稿者 demi : 20:13 | 認知症の記録 | コメント (2) | トラックバック (0)
2010年1月28日
これが現実
先日面談に行って来た病院から電話があり、3月に入院出来ることになりました。正直言って素直には喜べなかった・・・。先方は『褥瘡が治ったら退院ですね』とのこと。認知症もあり、在宅で看ることは正直難しい。腫瘍のことを考えると、医療措置の低い人・・・と言われるのには、なんとも抵抗があります。実際になんであの人はず〜〜〜っと入院出来てきるの?と思うこともあります。介護度5なのに・・・何が違うんだろう?
幸い褥瘡が治ったら、次の行き先を考えなければならない・・・。でも胃瘻や中心静脈栄養だと入所はいやがられるし・・・。今の状況だと病院もそのうち出なければならないので、形見の狭い思いをしながら、遠慮しながらこの先の1ヶ月を過ごすことになるのかしら。
一日一日元気になって行く義母を、素直に喜べない私って鬼嫁!複雑だ〜。
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2010年1月21日
次の病院
義母の病気と介護を経験して気が付いた!健康がいかに大切か。。。
一応術後の経過は思っていたより遥かに調子がいいみたいです。
それで、次の病院を探すことになり、先日主治医にお願いしていた紹介状が出来上がったので、今日はそれを持ってある病院に面談と入院申し込みに行ってきました。
狭い地域ですが案外知らない病院もあります。仕事柄いろいろな老人病院で働いてきましたが、ひと昔前と違って随分病院の形態も様変わりした様に思いました。相談員と呼ばれる方といろいろな話をして、気が付くと2時間近く経過していました。その足で義母のいる病院に向かい、病室に入ると昼食が・・・といってもまだまだ卵豆腐みたいなものが一個だけですが、テーブルに置いてありました。能書きを見て思わず吹き出しました!『つるりん』だって(ぷぷぷっ)。
そうこうしていたら看護師さんがやって来て、小さい『つるりん』を食べさせようとしましたが、呼び出されて行ってしまったので、私が変わって食べさせました。義母は1ヶ月近く点滴のみで過ごして来たからか?あまり食べたがらず、結局1口程度で終わってしまいました。しかし、機嫌はすこぶる良いようで、冗談を沢山言って笑っていました。
今まで本当にいろいろありました。
昨年6月頃から出来た褥瘡が治らず、結局8月に入院を考えた時、昔家で働いていた看護師さんを頼りに、ある病院に入院申し込みに行きました。お盆間近だったので、お盆が明けたら連絡をしますと言われ、ショートスティで繋ぎながら首を長くして待っていましたが、一向に連絡が来る気配がありません。約1週間後にこちらから連絡してみると、『急患が入ったのでいつ入院になるかわからない』と言われ絶句。何の為に面談までして、入院の説明も受けて、今か?今か?と待っていたのに・・・むなしさと切なさと情けなさで涙が出てきました。
とにかくこのままではいけない・・・と思い、ケアマネージャーさんに電話をしました。幸い、ケアマネージャーさんが間に入り、別の病院に即入院。あの時は本当に目の前が真っ暗で何をどうしたら良いのか?わからなかったです。
安心したのもつかの間で、その病院で突然の嘔吐。特養を申し込んだ矢先の出来事でした。そして、腫瘍の再発。転院。手術。次の病院探し。。。。神も仏もいないのか・・・とさえ思う毎日で、常に何かに追われているような、眠っても熟睡出来ずうなされて目が覚め、その後は朝までパッチリ目がさえて、もう〜〜〜大変!美容の大敵よ!
世の中は捨てる神あれば拾う神あり!きっとこの後は良いことがある!そう思って明日からまた頑張ろう!と思っています。
明日はルンビニ園に実習に行ってきます。縁のある可愛い子どもを夢見て!エイエイオゥ!
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2010年1月19日
最初の一歩
義母は不死鳥の様によみがえりました!
年が明けて慌ただしく毎日が過ぎて行きました。その中で先日8日胃と腸を繋ぐバイパス手術を受けました。散々リスクを挙げられましたが、お義母さんの生命力に懸けました。手術は上手く行きました。手術後面会に行ったときは、まだ麻酔から覚めて間もないのか?うつらうつらしていましたが。翌日には病棟にもどり、『私誰だかわかる?』の問いかけに『○○さん!』とズバリ私の名前を言い当てました!!!一緒にいた旦那は『???』って感じ(ぷぷぷっ)
正直、病院ではいろいろなトラブルがあり、内心穏やかではないんですが、お義母さんが元気にさえなってくれればいいです。
さて、私たち夫婦の話ですが、かねてから暖めていた作戦を開始しました。何か?というと、私達・・・『里親』になろうと思っています。養育里親&養子縁組里親です!結婚してかれこれ13年になりますが、私達にコウノトリは来てくれませんでした。で、昨年の秋頃から密かに暖めてきました。
先日、初めての里親研修会に参加してきました。そのことについてはこれから時々更新して行きますので、ご興味がある方はいろんな意見をお聞かせ下さい。
とりあえず、親になる日を夢見て、義母の回復を待ち、新たな一歩を踏み出して行こうと思っています!!!
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